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値下げ 尺八 一尺六寸管 太郎銘 銀巻き唄口 - by , 2022-10-04
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お年賀に利用しました。
GoPro HERO7 BLACK 中古使用品 - by , 2022-11-14
5/ 5stars
軽く、しっかりした作りで通学に良く、娘も気に入って利用。
HIRO KIDILL キディル 厚底 スニーカー EVIL ANGELS - by , 2022-09-20
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昭和50年ごろにショールネックがはやったのですが、いまではあまり見られず今回の買い物で一番のお気に入りです。先日テレビでタレントさんが同じものを着ているのを見て思わず二度見しました。
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おしゃれな器で有名な波佐見焼の急須です。温かみがある陶器素材に柔らかい独特な釉薬で描かれた北欧風の草花の急須は、食卓を優しい雰囲気にしてくれます容量は1~2人分のお茶が楽しめるサイズ感です。ステンレス製の茶こしは深さがあり、少量でも美味しいお茶を楽しめます。蓋のつまみの位置は片手でも注ぎやすいように工夫されており、蓋の置き場に困らないように渕に掛けることができます。サイズ注ぎ口〜取っ手まで14.5cm高さ9.5cm直径10cm容量:240cc重さ:約280g素材・成分:磁器 ステンレス日本製電子レンジ ○食器洗浄機 ○※版画の手法をイメージして作られており、細かいタッチの中の所々かすれた風合いが、手の温もりと味わいを感じさせてくれます。すべて手作業により生み出されています。ひとつひとつ少しずつ異なる色柄をお楽しみ下さい。新品未使用です(^^)北欧
カテゴリー:インテリア・住まい・小物>>>キッチン/食器>>>食器
商品の状態:新品、未使用
ブランド:波佐見焼
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配送の方法:普通郵便(定形、定形外)
発送元の地域:大阪府
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全き信頼をもって神に近づく

年度主題説教(要旨)

ヘブライ人への手紙10:19~22

牧師 春原禎光

 今年度の聖句にはヘブライ人への手紙10章22節後半の御言葉「信頼しきって、真心から神に近づこう」が選ばれ、年度主題はそこから「神への全き信頼をもって、心から祈り、礼拝する」とされています。
 22節には「神に近づこう」と記されています。神に近づくとは、気づかれないようにそっと近くに寄ってみるということではありません。十字架と復活の主イエスの許(もと)へ行くということです。十字架と復活の主の御許は、主なる神の御支配があり、その力が表され、その御心が現れています。そのようなところに近づくということは、まさにその御支配、力、御心の中に入るということです。それが、十字架と復活の主イエスの許に行くということ、神に近づくということです。
 19節に「聖所に入る」という表現があります。聖なる所は、なんとなく清らかな場所とか神々しい場所ということではなく、そこに神御自身が来てくださるところです。あるいは、21節には「神の家」という表現があります。「神の家」も、神御自身がそこにいらっしゃって、神の御支配があり、その御心が現れ、その力が表れているところです。神に近づくとは、主なる神御自身がおられるところに入るということです。

 私たちは、おっかなびっくりしながら神に近づくのではありません。「真心から」神に近づきます。「真心」とは、偽りのない純粋な心という一般的な意味ではなく、私たちの汚れた心がキリストの十字架と復活によって清められた、そのような真実の心のことです。キリストの贖いによって清められなければならず、いや、もう既にキリストの十字架と復活によって清められている真心をもって、私たちは神に近づきます。
 「信頼しきって」という表現も、私たちの側からここはひとつ信頼してやろうか、などと言うことではありません。すべてをこのお方に委ね、ただこのお方のみに依り頼み、この世のもの一切には依り頼まない、この世における日々の生活も人生もその全体をただこのお方のみに依り頼んで歩んでいく――これが、信頼しきってということです。「信仰を確かに持って」、「完全な信仰、全き信仰をもって」とも言えます。

 ところで、真実の心や神への全き信頼は、私たちの内側から出て来るものではありません。イエス・キリストによって与えられるものです。イエス・キリストは、十字架と復活によって、「新しい生きた道」を私たちに開いてくださいました(20節)。そのようにして、主御自身の方から、私たちが真心をもって主なる神に近づくことができるように私たちを変えてくださり、信頼しきって神の御支配の中に入ることができるように十字架と復活の贖いの恵みを私たちに与えてくださっています。
 それゆえ、私たちは生活のすべて、人生の全体で、主なる神に近づいて行きます。そして、主の御支配の中に入り、そこに留まります。
 私たちは今、教会に集うことができない状況の中におります。しかしそれにもかかわらず、そのような状況だからこそ、私たちは主の御支配の中に留まり、主の御心の現れの中に留まり、主の力が及ぶ領域の中にいつもしっかりと留まります。

 私たち一人ひとりのみならず、教会も、その活動のすべては、主なる神に近づき、主の御許に留まるものです。そして、それに相応しく、主イエス・キリストが全てを整え、導いてくださいます。
 主なる神は、私たち一人ひとりや教会の存在とその歩みを通して、御自身の御支配と力と御心を世に示されます。そのために私たち一人ひとりが用いられ、教会が用いられます。私たち一人ひとりが、また教会が、神の家、聖所とされるのです。そして、そこに主御自身がおられます。私たちが主に留まるとき、主御自身が私たちと教会に留まってくださいます。
 御自身がおられるところとして神が私たちを用いられるとは、何と偉大なことでしょう。だから、私たちは一層このお方の御許に留まろうと心がけて歩みます。