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商品コード:01-72\r\r商品名ユニットシェルフWiLL 引き戸扉キャビネット(単体)\r取扱タイプブラウン、オーク\r商品仕様本体:プリント紙化粧繊維板\r耐荷重キャビネット:(約)30kg\r可動棚:(約)5kg\r地板:(約)10kg\r(2020年9月29日修正)\r※耐荷重は平均荷重測定値による目安であり、保証値ではありません。\r商品サイズ(約)幅80cm×奥行き39.4cm×高さ39cm\r商品重量(約)16.8kg\r梱包サイズ(約)幅87cm×奥行き43.5cm×高さ13cm\r梱包重量(約)18.1kg\r梱包数1個口\r組み立てお客様組み立て品
カテゴリー:インテリア・住まい・小物>>>机/テーブル>>>座卓/ちゃぶ台
商品の状態:新品、未使用
:ブラウン系/オレンジ系/ベージュ系
配送料の負担:送料込み(出品者負担)
配送の方法:未定
発送元の地域:京都府
発送までの日数:2~3日で発送

ユニットシェルフ WiLL 引き戸扉キャビネット(単体)
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一枚板のテーブル

全き信頼をもって神に近づく

年度主題説教(要旨)

ヘブライ人への手紙10:19~22

牧師 春原禎光

 今年度の聖句にはヘブライ人への手紙10章22節後半の御言葉「信頼しきって、真心から神に近づこう」が選ばれ、年度主題はそこから「神への全き信頼をもって、心から祈り、礼拝する」とされています。
 22節には「神に近づこう」と記されています。神に近づくとは、気づかれないようにそっと近くに寄ってみるということではありません。十字架と復活の主イエスの許(もと)へ行くということです。十字架と復活の主の御許は、主なる神の御支配があり、その力が表され、その御心が現れています。そのようなところに近づくということは、まさにその御支配、力、御心の中に入るということです。それが、十字架と復活の主イエスの許に行くということ、神に近づくということです。
 19節に「聖所に入る」という表現があります。聖なる所は、なんとなく清らかな場所とか神々しい場所ということではなく、そこに神御自身が来てくださるところです。あるいは、21節には「神の家」という表現があります。「神の家」も、神御自身がそこにいらっしゃって、神の御支配があり、その御心が現れ、その力が表れているところです。神に近づくとは、主なる神御自身がおられるところに入るということです。

 私たちは、おっかなびっくりしながら神に近づくのではありません。「真心から」神に近づきます。「真心」とは、偽りのない純粋な心という一般的な意味ではなく、私たちの汚れた心がキリストの十字架と復活によって清められた、そのような真実の心のことです。キリストの贖いによって清められなければならず、いや、もう既にキリストの十字架と復活によって清められている真心をもって、私たちは神に近づきます。
 「信頼しきって」という表現も、私たちの側からここはひとつ信頼してやろうか、などと言うことではありません。すべてをこのお方に委ね、ただこのお方のみに依り頼み、この世のもの一切には依り頼まない、この世における日々の生活も人生もその全体をただこのお方のみに依り頼んで歩んでいく――これが、信頼しきってということです。「信仰を確かに持って」、「完全な信仰、全き信仰をもって」とも言えます。

 ところで、真実の心や神への全き信頼は、私たちの内側から出て来るものではありません。イエス・キリストによって与えられるものです。イエス・キリストは、十字架と復活によって、「新しい生きた道」を私たちに開いてくださいました(20節)。そのようにして、主御自身の方から、私たちが真心をもって主なる神に近づくことができるように私たちを変えてくださり、信頼しきって神の御支配の中に入ることができるように十字架と復活の贖いの恵みを私たちに与えてくださっています。
 それゆえ、私たちは生活のすべて、人生の全体で、主なる神に近づいて行きます。そして、主の御支配の中に入り、そこに留まります。
 私たちは今、教会に集うことができない状況の中におります。しかしそれにもかかわらず、そのような状況だからこそ、私たちは主の御支配の中に留まり、主の御心の現れの中に留まり、主の力が及ぶ領域の中にいつもしっかりと留まります。

 私たち一人ひとりのみならず、教会も、その活動のすべては、主なる神に近づき、主の御許に留まるものです。そして、それに相応しく、主イエス・キリストが全てを整え、導いてくださいます。
 主なる神は、私たち一人ひとりや教会の存在とその歩みを通して、御自身の御支配と力と御心を世に示されます。そのために私たち一人ひとりが用いられ、教会が用いられます。私たち一人ひとりが、また教会が、神の家、聖所とされるのです。そして、そこに主御自身がおられます。私たちが主に留まるとき、主御自身が私たちと教会に留まってくださいます。
 御自身がおられるところとして神が私たちを用いられるとは、何と偉大なことでしょう。だから、私たちは一層このお方の御許に留まろうと心がけて歩みます。