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 やつは『エイラットストーン』ペンダントトップ! ネックレス 贅沢 やつは『エイラットストーン』ペンダントトップ! ネックレス
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イスラエルの国石であり、イスラエルの秘宝とも呼ばれる『エイラットストーン』ペンダントトップ!◾️定価:¥28,800(税込)◾️状態:未使用に近い【製品概要】・ペンダントトップ:縦横約38.5㎜(バチカン含む)×厚み約12㎜×重さ約20g前後
・バチカン:高さ1.9㎜×幅9㎜
・枠バチカン素材:シルバー925(メッキ加工なし)
・ストーン:エイラットストーン 直径約30㎜×厚さ8㎜

約3,000年前のユダヤ最高の王であったソロモン王が、もっとも愛した石であり、当時から非常に重宝されていた宝石のペンダントトップです。

別名【キングソロモンストーン】【イスラエルの青い涙】【賢者の石】とも呼ばれ、手にした方に必要な叡智をいくつも与えてくれるものとされています。
「問題解決のための智恵と創造的な解決方を導く」
「陰陽のバランスを整える」
「非常に高い波動」
「全体性と平和を象徴する石」
「バランスを整える力が強大」
「集中力や行動力を増幅する」
「目的達成へのプロセスを力づける」
「仕事に対する集中力を増幅」
「真なる智恵へと向かうための成長を助ける」
「エネルギーを癒し、浄化し、筋道をつける」
「創造性と豊かな感情表現を養い、自分に自信をつける」
「現世あるいは過去世での、魂を砕く出来事により発生した残骸や毒素を取り除き、痛みや喪失感をなくす」
「アカシック・レコードを拭き清める」
「受け入れること、また内なる和解を促す」
「魂と細胞レベルの記憶を再プログラミングする」
「特に胸腺の浄化に効果的」
「恐怖心や憂鬱から解放する」
「ハートチャクラの上にそっと置くと、硬くなった感情をも解きほぐす」
「トラウマ、潜在意識の癒しと浄化」etc

以上のようなキーワードが関連しているパワーストーンです。◾️4年ほど前に購入して自宅保管していました、一度も身に付けて外出していません。◾️チェーンや箱等はありません(写真①〜④の通り麻紐を装着してあります)◾️色は中濃タイプです(写真①〜④参照)◾️こちらの商品は値引きはできかねますので、よろしくお願いいたします。#エイラットストーン#イスラエル国石#ペンダントトップ#ソロモン王#やつは
カテゴリー:レディース>>>アクセサリー>>>ネックレス
商品の状態:未使用に近い
配送料の負担:送料込み(出品者負担)
配送の方法:らくらくメルカリ便
発送元の地域:東京都
発送までの日数:1~2日で発送

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全き信頼をもって神に近づく

年度主題説教(要旨)

ヘブライ人への手紙10:19~22

牧師 春原禎光

 今年度の聖句にはヘブライ人への手紙10章22節後半の御言葉「信頼しきって、真心から神に近づこう」が選ばれ、年度主題はそこから「神への全き信頼をもって、心から祈り、礼拝する」とされています。
 22節には「神に近づこう」と記されています。神に近づくとは、気づかれないようにそっと近くに寄ってみるということではありません。十字架と復活の主イエスの許(もと)へ行くということです。十字架と復活の主の御許は、主なる神の御支配があり、その力が表され、その御心が現れています。そのようなところに近づくということは、まさにその御支配、力、御心の中に入るということです。それが、十字架と復活の主イエスの許に行くということ、神に近づくということです。
 19節に「聖所に入る」という表現があります。聖なる所は、なんとなく清らかな場所とか神々しい場所ということではなく、そこに神御自身が来てくださるところです。あるいは、21節には「神の家」という表現があります。「神の家」も、神御自身がそこにいらっしゃって、神の御支配があり、その御心が現れ、その力が表れているところです。神に近づくとは、主なる神御自身がおられるところに入るということです。

 私たちは、おっかなびっくりしながら神に近づくのではありません。「真心から」神に近づきます。「真心」とは、偽りのない純粋な心という一般的な意味ではなく、私たちの汚れた心がキリストの十字架と復活によって清められた、そのような真実の心のことです。キリストの贖いによって清められなければならず、いや、もう既にキリストの十字架と復活によって清められている真心をもって、私たちは神に近づきます。
 「信頼しきって」という表現も、私たちの側からここはひとつ信頼してやろうか、などと言うことではありません。すべてをこのお方に委ね、ただこのお方のみに依り頼み、この世のもの一切には依り頼まない、この世における日々の生活も人生もその全体をただこのお方のみに依り頼んで歩んでいく――これが、信頼しきってということです。「信仰を確かに持って」、「完全な信仰、全き信仰をもって」とも言えます。

 ところで、真実の心や神への全き信頼は、私たちの内側から出て来るものではありません。イエス・キリストによって与えられるものです。イエス・キリストは、十字架と復活によって、「新しい生きた道」を私たちに開いてくださいました(20節)。そのようにして、主御自身の方から、私たちが真心をもって主なる神に近づくことができるように私たちを変えてくださり、信頼しきって神の御支配の中に入ることができるように十字架と復活の贖いの恵みを私たちに与えてくださっています。
 それゆえ、私たちは生活のすべて、人生の全体で、主なる神に近づいて行きます。そして、主の御支配の中に入り、そこに留まります。
 私たちは今、教会に集うことができない状況の中におります。しかしそれにもかかわらず、そのような状況だからこそ、私たちは主の御支配の中に留まり、主の御心の現れの中に留まり、主の力が及ぶ領域の中にいつもしっかりと留まります。

 私たち一人ひとりのみならず、教会も、その活動のすべては、主なる神に近づき、主の御許に留まるものです。そして、それに相応しく、主イエス・キリストが全てを整え、導いてくださいます。
 主なる神は、私たち一人ひとりや教会の存在とその歩みを通して、御自身の御支配と力と御心を世に示されます。そのために私たち一人ひとりが用いられ、教会が用いられます。私たち一人ひとりが、また教会が、神の家、聖所とされるのです。そして、そこに主御自身がおられます。私たちが主に留まるとき、主御自身が私たちと教会に留まってくださいます。
 御自身がおられるところとして神が私たちを用いられるとは、何と偉大なことでしょう。だから、私たちは一層このお方の御許に留まろうと心がけて歩みます。